2024年1月11日 (木)

記憶媒体の変遷

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1974年に入社して配属されたのが社長室電算課だったので、コンピュータに携わって今年でちょうど50年になる。

当時はコンピューターは電子計算機と呼ばれた。使用していたのは汎用中型コンピュータで、ソフトの言語はCOBOLだった。記憶媒体は紙テープだった。1文字を8個の穴の開き具合で表現すると256種類のパターンがあるので英数・カナを表現することができた。カナは英小文字の範囲を使用していたので、英文字の大文字・小文字は区別できなかった。後に日本語を扱うようなると1文字では足りないので2文字で表現するようになった。

例) 0000 0000 、0000 0001 ~ 1111 1110、1111 1111

   0番目     1番目        254番目         255番目

紙テープを目で見ると数字くらいは分かるが、同僚の女性はカナまで読めていた。まだモニターはなく、プログラムの修正はテープを切り貼りして修正していた。ある意味記憶容量は無限大だったかも知れない。

①8インチフロッピーディスク
その後、画期的なフロッピーディスクが出てきた。サイズは8インチで容量は256Bだった(MBではない)。これで社員の給与データ1,200人分が入った。

②3.5インチフロッピーディスク
パソコンが普及すると3.5インチフロッピーディスクが出てきた。容量は640Bでのちに1MBが出てきた。ハードディスクのないノートパソコンでは基本ソフトを読み込ませた後ワープロやゲームソフトと差し替えて使用した。

③メモリースティック
デジカメが出てきて様々な記憶媒体が出た。メモリースティックはSONYが開発したがベータやエルカセットと同様に世界標準にはならなかった。我が家のデジカメのメモリースティックは16MBだった。今ではスマホで撮った写真は2,3枚しか入らない。

④USBメモリー
会社で委託している会計事務所の公認会計士が使用していて、こんな小さなものにフロッピーディスクが256枚分も入るのかと感心した思い出がある。

⑤謎のUSBメモリー
Amazonで2TBのUSBメモリーが1,999円と格安で売られていた。怪しいと思ったがポチットした。いくらかデータをバックアップしてみてエクスプローラで見ると空き領域18.4TB/1.90TBと表示されるが、中身はほとんど空のフォルダーばかりである。同様のUSBメモリーを分解してみたら32MBのマイクロSDが入っていたという話がある。形はダイソンの扇風機みたいだが、分解しようにも継ぎ目がまったくなくとっかかりが見当たらない。騙された自分が悪い。恐るべし中国製である。

 

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